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賞金王と呼ばれた男 第十七話 想い

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「あら、絵梨香ちゃん、今帰り?」
 大学院の帰り道、佐藤の実家の前を通ると涼子に声をかけられた、わざわざ佐藤の家の前を通りがかった訳ではない、駅から自宅までの帰り道に佐藤の実家があるのだ。
「あ、おばさん、こんばんは」
 自転車の後ろカゴにはスーパーの袋が積まれていて、長ネギが二本飛び出していた。
「そうなんですよ、今日はすき焼きですか」
 長ネギだけのヒントで当てずっぽうで言ってみた、そう言えば今日はお昼も食べ損ねて、お腹が空いている。
「良くわかったわね、さすが東大生、ねえ、ご飯食べて行きなよ、買いすぎちゃった」
 大量のすき焼き肉を涼子は掲げた、弟の武志は寿木也とご飯に行くと言っていたから、おばさんとおじさん、直子姉さんの三人か、確かに買いすぎな気がした。
「良いんですかー、お腹ぺこぺこ」
 渡に船とはこの事だ、しかし寿木也が在宅していたら断った所だろう、先日の病室での出来事以来、音沙汰がない。
「ほら、入って入って」
 見慣れた三階建の一軒家に入っていく、一階のリビングではおじさんと直子さんがプロ野球を観ながら談笑していた。
「あれ、えりちゃーん」
 直子さんはソファから立ち上がるとハグをしてきた、相変わらず整った顔立ちはすっぴんでも美しい。
「久しぶりだねえ、絵梨香ちゃん」
 すでにビールを飲んでいるおじさんが笑顔で話しかけてくる、昔から感じていたが、ソックリだ。寿木也が歳を重ねたらおじさんになるだろうし、おじさんが若い頃は寿木也だったであろう。
「おばさん、手伝いますよ」
 流しで手を洗うとすき焼きの材料を袋から出して丁寧に切っていく、勝手知ったる他人の家。
 中学生くらい迄は毎日の様にこの家に通っていた、単身赴任の父親の様子を見に、母が家を開けた時は佐藤家にお世話になり何日も泊まっていった。
 もちろん絵梨香は直子の部屋で寝て、武志は寿木也の部屋で寝たが、同じ屋根の下で寝ているという事実に眠れない夜を過ごした。
「ありがとうね、直子は全く料理出来ないから、助かるわあ」
「いえいえ、直子さんはいるだけでその場が明るくなりますから」
「まあ、可愛い」
 後ろから胸を揉んできた直子が、あまり成長してないわ、と失礼な発言をしているが全く腹は立たない。
 寿木也はもちろん、この家の人がみんな好きだった、カッコいいお姉さん、優しいお母さん、すけべなお父さん。
 この家にお嫁にくる――。
 いつからそう考え始めたか忘れたが、それは絵梨香に取って決定事項の様に思えた。
『絵梨香が好きだ! 結婚しよう』
 小学校五年生の時にされた公開プロポーズ、絵梨香は顔を真っ赤にしながら確かに「うん」と頷いた。
 それから、中学校、高校と絵梨香は待っていたがあの男は全く約束を果たそうとする動きを見せなかった、とはいえ小さい頃から野球に夢中だった寿木也は毎日野球漬けで遊ぶ暇もない、仕方なく甲子園までは待つ事にした。
 野球部を引退して、さあコレからと思った矢先に「ボートレーサーに俺はなる」と言い出して、一年間の合宿に行ってしまった。
 自慢じゃないがモテる方だ、高校時代など何人からアプローチされたか分からない、それでも誰一人として付き合わなかったらのは寿木也を待っていたからに他ならない。
「肉を焼くから、すき焼きなんだよー」
 おじさんがいつの間にかすき焼きの鍋を用意すると卓上コンロに火をつけた、牛脂を菜箸で溶かしながら肉を焼いていく、程よく焼けた所で割下を投入した。「じゅじゅー」っと肉の焼ける音と割下の甘い香りが部屋に充満していく。
 絵梨香が切った野菜をテーブルに運ぶと、生卵を割った小皿におじさんが肉を盛り付けてくれた。
「はい、絵梨香ちゃん」
「わーい、おじさん、ありがとう」
 遠慮なく生卵に浸かった牛肉を口に入れた、程よいサシが入った上等な肉だった、佐藤家は食べ物にかなり拘りがある家なのだろう、どの家で食べるよりもご飯が美味しかった。
「えりちゃん、ビール飲むでしょ」
 直子さんは冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、絵梨香に手渡した。
「ありがとうございます、お肉美味しー」
 素直な感想を述べるとおじさんは目を細めて頷いた、その仕草があまりにも寿木也にそっくりで一瞬ドキッとした。
「今日は寿木也は休みじゃないの」
 ビールを一息で飲み干すと直子が聞いてきた。
「うちの武志と一緒です」
 お互いに弟を持つ長女という事で、直子とはすぐに仲良くなった、比較的男子にも奔放な彼女は良いメンズがいるから、と紹介しようとしたが絵梨香はのらりくらりと、かわしていた。
「悪巧みの匂いがするわねぇ」
 腕を組んで真剣に発言するおばさんは、転校してきた頃と殆ど見た目が変わっていない。
 テレビではジャイアンツの四番がチャンスの場面で三振した、おじさんと直子は罵詈雑言をテレビに浴びせると再びすき焼きに手を伸ばす。
 北海道にいる時は野球など見た事も無かった、それが東京に転校して数日、突然、武志が少年野球チームに入りたいと言ってきた、インドアなオタクが珍しいと思ったが、どうやら寿木也の影響だ、人付き合いが苦手で引っ込み思案、武志が唯一心を許しているのが佐藤寿木也だった。
「絵梨香ちゃんは彼氏とかいないのかい」
 唐突におじさんが訪ねてきた、まさか二十二にもなって誰とも付き合った事が無いなんて言えない。
「えー、と、今はいないです」
「はー、こんな美人なっかなかいないけどねぇ、最近の若い男は軟弱なのかねえ」
「美人だから吊り合う男が中々いないのよ、私みたいにね」
 どうやら直子にもお付き合いしている人はいない様だ、少しだけ安心した。
 三本目のビールを飲み終わる頃には既に軽く酔っていた、するとズボンのポケットに入っていたスマートフォンが震えた。
『おつかれ、今週時間あれば一泊で温泉でも行かないか』
 一瞬、目を疑った、差出人を何度も確認するが何回見ても佐藤寿木也と表示されている、絵梨香はスマートフォンの画面を直子に見せた。
「えー、そうなの、二人って」
 直子は驚いた表情でコチラを見つめている、おじさんとおばさんは既に食べ終わり、ソファで寛いでいた。絵梨香は急に恥ずかしくなり耳まで真っ赤になった、するとスマートフォンを奪って直子がメッセージを打っている、あっ、と思った時には手遅れですでに送信された後だった。
「応援してるからね」
 おそるおそる、送信された内容を見る。
『うん、もちろん行く、楽しみにしてるね♡」
 絵梨香は軽く目眩がしたが、寿木也と二人で初めての旅行を想像すると、にやけた顔を隠すのに必死だった。


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