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賞金王と呼ばれた男 第十五話 天才

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 進藤武志は八畳程の薄暗い部屋で二台のパソコンを自在に操ると自己流で学んだプログラムを組んだ。そこに映像データを読み込ませて、まずは過去三年間で成績に不釣り合いなラップタイムを出した人間を抽出した。
 例えばA級選手にも関わらず明らかに遅いターンスピード、逆にB級選手なのに速すぎる人間を映像解析から自動で抽出していく。
 次にフライングをした人間の中から内側の選手を潰して外側に勝たせた人間、明らかに遅いスタートで隣の人間を勝たせた人物をピックアップする、前者と後者を行った人間にポイントを振り分けてランキング形式で表示させる。
「これは……」
 考えていた以上に偏った数字と、一番上に出た名前を見て驚いた武志はこの時点ですでにイカサマを確信していた、もっとも佐藤は何も知らない様子だったが。
 佐藤から白石の話を聞いた瞬間に、詐欺集団の可能性にたどり着いた、ボートレーサーの総数は凡そ千五百人、多く見積もってその半数の人間がこのインチキ保険会社に加入していると仮定する。
 一人一万円だから七百五十万円、最低額だからもう少し多いと読んで月額九百万円、年間で一億ちょっと。
 こんな資金でパンフレットに書かれているような補償を行っていれば会社は直ちに赤字経営になるだろう、つまり――。
 この会社には別の目的が有る、わざわざこんな会社を作って隠れ蓑にするぐらいだからどうせやましい事に決まっている。
 ギャンブルでやましい事=イカサマ
 武志は兼ねてから公営ギャンブルのイカサマについて興味を持っていた、行政管轄で行われている以上、詐欺師集団の政治家達が清き運営をしているとは到底考えられない
 膨大なデータ抽出を武志はほんの数時間で終わらせた、と言ってもプログラムを組んでからは全自動なのでパソコンの前で座っているだけだが。
 進藤武志にはどんなプログラミングも自在に操る事が出来る特殊能力があった、常人には理解出来ないだろう、絶対音感の人間が日常の音がドレミに聴こえる様に、瞬間記憶能力者が見た物を写真の様に記録出来る様に、武志は感じたままにプログラムを組む事が出来た。
 この能力があればどんな一流企業にも引っ張りだこだし、独立しても成功する事を理解した上で武志は赤羽でキャバクラのキャッチをしている。
 なぜ人はキャバクラに行くのか――。
 例えば銀座のクラブの様に大人の社交場としてビジネスに直結するような場所ならまだしも、赤羽のキャバクラでは散布以外に何の目的があるのだろうか、武志には理解出来なかった。
 世の中に理解出来ない事があまり無い武志は赤羽のキャバクラに興味を持った、その足で面接を受けると次の日から夜の街に立った。
 酔客、酔客、酔客、右も左も夜の赤羽には酔っ払いが溢れている、彼らは千鳥足になりながらも、キャッチに声をかけられると吸い込まれる様にキャバクラの箱に入っていった、武志の謎は深まるばかりだったが意外にもキャッチの仕事は楽しかったので自分に合っているのだろう。
 パソコンのキーボードを叩いて検索をかける。
『社団法人 ヘルメス』
 表向きは至ってまともな法人のホームページに見えるが当然だろう、わざわざイカサマ詐欺集団と認める様な作りにする訳がない。
 武志はホームページのソースを覗くと違和感に気がついた、ウェブサイトを構築するHTML以外に妙な言語が混じっている、暗号化されている様で解読は出来ないが明らかに不自然だった、そう感じたのは武志の特殊能力と無関係ではないので普通の人間ならスルーしてしまう所だろう。
 単に制作者の悪戯か、ミスかもしれないが念のために今から二十四時間、常時ヘルメスのホームページソースを監視するプログラムを組んだ、これで一語でもサイトに変化があれば武志に通知が来る。
 一息つこうとシルバーフレームの細いメガネを外してデスクに置いた、左手で目頭を揉むと冷めたコーヒーに手を伸ばす。
 するとコンコンと扉がノックされる、返事をする前に姉の絵梨香が入ってきた。
「よっ、暇人、飲みいかない」
 この状況を見て暇だと本気で思っているのだろうか、真意は掴めないが彼女が何か相談事が有ることは分かった。
「悪いけど、やることがあるから」
「そんなの後にしなさいよ、焼肉奢ってあげるから」
 余程切羽詰まっているようだが、まだ終える訳にはいかない。
「寿木也さんに頼まれてるんだよ」  
「えっ、何を」
 声色が変わった、わかりやすい人間だ。
「仕事の保険関連、なんか怪しい会社だったからさ、寿木也さんも人が良いから、すぐに騙されるよ」 
「ふーん、あいつに会ったの」
「ああ、ばったりね」
「何か言ってた」 
「何かってなんだよ」
「いや、なんでもない、あっそ、じゃあね」
 そう言うと彼女は踵を返して出ていった、姉が佐藤を好きな事は分かっていた、おそらく小学生の頃から――。
 好きならさっさと告白してダメなら次に行くほうが効率的なのに、武志には全く理解出来なかったが、そもそも女にあまり興味がない武志は恋愛自体が時間の無駄と考えていた。
 基本的に自分以外の人間はすべて馬鹿だと思っていたが佐藤寿木也だけは違った、学力と言う意味では圧倒的に勝てる自信があるが人間力では到底叶わない。
 北海道から東京に転校した初日に、一学年下の武志の教室にやって来た佐藤は、姉貴との仲を取り持つ様にお願いしてきた、小学五年生とは思えない行動力と思考だ。
『経験は思考から生まれ、思考は行動から生まれる』
 ディズレーリの言葉を地で行くような男だ、しかし北海道から転校してきた色白メガネの武志は上級生が訪ねてきた事で同級生には一目置かれた、おかげで虐められる事もなく穏やかな学校生活を送る事が出来た。
 再びメガネをかけてスマートフォンを手に取る、ラインを起動して佐藤にメッセージを送った。
『例の件ですが調べ終わりました、僕の考えが正しければ、あの会社はイカサマ詐欺集団のダミー会社ですね』
 コーヒーを淹れ直そうと席を立つとデスクがガタガタっと震えた、スマートフォンが震えている、液晶を確認すると佐藤からの着信だ。
『もしもし』
『悪いな、話が全然見えない、今週いっぱいコッチにいるから少し時間貰えるか? 焼肉でも食いに行こう』
『そんな気を使わなくて良いですよ、それより姉貴を――』
『え』
『いえ、何でもありません』
『ああ、絵梨香の事も少し相談があるんだ』
『なんでしょうか』
『まあ、会った時に話そう、また連絡する』
『わかりました』
 切れたスマートフォンを見つめながら武志は考えを巡らせる、姉貴の事で相談――。
 積年の想いがようやく届いたのだろうか、別にシスコンな訳ではないが家族の幸せくらい武志も願っている。少しでも姉貴に有利になるように話を持っていってやるか、と考えるとパソコンの電源を落としてベッドに倒れ込んだ。


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